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尾瀬ガイド・檜枝岐ガイド/尾瀬檜枝岐(裏)浪漫紀行

尾瀬檜枝岐浪漫紀行の公式裏ブログです。尾瀬の事や檜枝岐の事以外にも色々と書いています。時々、心配になるような事が書いてあるかも知れませんが、そこは生温かい目で見守ってあげてください。

檜枝岐の紹介

先日の福島民法に私の書いた檜枝岐村の記事が掲載されました。

広島で神楽を始めとした田舎の伝統に触れ、釧路湿原でカヌーガイドと過した経験からガイドという仕事に目覚め、檜枝岐という地を見つけここに移り住んだ、村人歴2年の私が感じたままの檜枝岐を800字で表現しました。

 

最近はブログまでなかなか手が回らないのでネタとして転載しておくのだ!

 

檜枝岐村の集落を覆っていた雪も五月に入りようやく姿を消してきました。長い冬の終わりが近づきしんしんと積る雪の静けさから、窓をたたく雨音に変わる頃、新しい一年の始まりに膨らむ期待と不安をも含めた春を待つ喜びを感じ、季節の移ろいに心を躍らされる。こうした感覚は幼かった頃、夏休み前の終業式以来ではなかったかと思います。

 

雪深い村をさらに登り詰めた尾瀬では毎年、山小屋の屋根まで迫る大雪に見舞われます。その降り積もった雪によって尾瀬の草花達は寒さから身を護られ美しい花を咲かせます。村の自然の豊かさと厳しさは表裏一体で、植物や動物を強く美しく育み、人の心にも豊かさをもたらしてくれます。

 

私は人と自然を主題に案内人として身を立てる為に檜枝岐へと移住しました。案内人を始めてからお年寄りの貴重なお話を伺う機会にもたびたび恵まれ、そうした話の中でも特に印象に残っている言葉が「山を削りながら生きて来た」です。平地も無く米も育たぬ厳しい土地に、木地や狩猟を主軸に伝統と文化を育んできた山の民の生き方そのものを表す言葉だと思います。今の村人の生活とはかけ離れた言葉ですが、観光村としての礎は先人が残してくれた伝統と文化にある事に違いはありません。

 

個人的でありがちな話ですが、自然は誰かの所有物ではなくその権利を主張してはいけない、人が生きれば必ずその分の自然は削られ、たとえ都会で生活しようとも山奥で生活しようとも必ずどこかの自然を犠牲に人は生きています。しかし悠久な時の流れにおいて自然は強く不変で、その自然と相対しながら自然を削り、売り、そうして生きて来た先人が残した文化や伝統は脆く儚く、人が意志を持って受け継がなければ途絶えてしまいます。案内人以外にも、世が便利になり途絶えつつあるこの村の伝統文化を次の世代に少しでも残せるよう活動していきたいと思います。

 

以上です。

 

表現の幅が広いブログはフェイスブックよりも自分の趣向にあっている様な気がするのですが、心にゆとりを持って腰を据えながらブログを書ける日々が来るように頑張ります。

 

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